花みずきの家の開設準備として、認知症ケアの礎を築かれた室伏君子先生の指導を受けるため、先生が教鞭を執っていた日本社会事業大学専門職大学院に入りました。
全国初の認知症老人専門病院「きのこエスポワール病院」と、前頭葉側頭型認知症専用のグループホームでも実習を行い開設に備えました。
開設後、よりよい認知症支援を求めて同大学院の博士課程に進みました。認知症ケア学会の設立者のお一人でもあった今井幸充教授と東京認知症介護・研修前副センター長であった中島健一教授に師事しました。
認知症研究の大家から受けた教えを元に、私自身,現在も認知症ケアの理論や学説、認知症を持つ方の支援のあり方の実践的研究に携わってきています。(詳細)
ある研究報告によると、重度認知症のレベルに至るまで家族介護者の顔を認識する力は失われないといわれています。認知症を持つ人のQOLの観点からも、最も望ましい在宅における認知症支援は、大切な家族等の愛着人物のそばにできるだけ居られるように支援することであると考えます。
しかし、一方では、認知症の中期から、相貌失認などの神経心理学的障害がないにもかかわらず配偶者や家族の顔が認知し識別ができず自宅にいながら家族が目の前にいるにもかかわらず、家族のいる自宅に帰ろうとして出口を探したりする行動がよくみられており、このような行動は家族を最も困惑させる周辺症状の一つとされ、対応することも困難であると見なされている現実があります。
そこで、私たちは、在宅における認知症支援のゴールを、「配偶者を初めとする周囲の人、介護者の顔がわかる時期を長くする(中井久夫先生)」ことに定めました。
その意義は、家族介護者とご本人双方にとって計り知れないほど大きいと考えます。なぜならば大半の家族介護者は、家族の顔が識別できなくなる時、それは本人と家族との関係性の根幹が崩壊することを意味し、家族の顔が認識できなくなるほど病気が進行してし
まうことに強い恐怖と絶望感を感じるようになるといわれているからです。
実際、家族の顔がわからなくなり認知症を持つ人とコンタクトをとることができないと、たいていの人は満たされない気持ちになったり、夢も希望もなくなり、不満を感じたり、 うつ状態、或いは燃え尽き症候群(バーンアウト)という状態に陥りやすいことが指摘
されています。ケアが無意味に思われ、進んで取り組む意欲がなくなるからです。
このような状態での介護は、心身の介護負担感を一層増悪させ虐待などの行為を引き起こす契機ともなりやすいといえます。
「家族等の介護者にとっては、多くの研究者が注目している攻撃性や,徘徊、失禁といった行動の出現よりも、 有意味な相互作用と会話技術の喪失に心を痛めている」という研究報告もこのことを裏付けているように思われます。
そこで、「どのような方法であれば、認知症を持つ人が、その人にとって最も大切な配偶者や家族の顔を識別し、認知ができなくなることをおくらせることができるのか」という大きな課題に取り組み始めました。その結果、たどり着いた結論が以下の4つでした。
1 自尊感情が崩壊することで、認知症が加速度的に悪化することがあり、自尊感情は、認知症の進行を食い止める防波堤の役割を果たしていること。
2 過度のストレスだけではなく、適度のストレスがない環境も、認知症を悪化させる促進因子となること
3 アルツハイマー型認知症の記憶障害の特性から、レスパイトサービスの利用により、大切な人からの一時的な断絶や分離が繰り返されることで、大切な人の認知や識別が徐々にできなくなってくる場合があること
ここから以下のような認知症ケアの4つの支援方法を導き出しました。
その4つとは、①自尊感情の回復と維持②強いストレスから認知症高齢者の脳を守り和らげる介護と低度なストレスを提供する支援③愛着の絆という心理的な関係性が壊れないようにする支援④アウトリーチ的な支援です。
以下、4つの支援について具体的にお話しします。
第1に、自尊感情の回復と維持という支援です。認知症は自尊感情を荒廃させる病気とも言われるほど、認知症の人は、自尊心が傷つきやすいと言えます。自尊感情の崩壊によって認知症がらせん状に悪化することを最初に指摘したのは、トム・キットウッドでした。
私たちは、損なわれた自尊感情を回復させ維持させる支援を行っています。自尊感情を支えることで、認知症を持つ人のQOLを向上させ、当人の心理的な安定につながり、かつ認知機能や生活能力も安定してくると思われます。
第2に、強いストレスとから守り和らげる介護と適度なストレスを提供する支援です。
認知症による知力低下に伴い、ストレス対応能力が低下するため、強いストレスを慢性的に受けやすいと言えます。
強いストレスが引き起こされると、体内にステロイドホルモンが出ます。このステロイドホルモンが急速にたくさん出ると、「海馬」の細胞が死んでしまうだけではなく、前頭前野の神経細胞も傷害されると言われています。
アルツハイマー病による神経細胞死とは別のメカニズムで、「海馬」の神経細胞死が起こることで認知症が加速度的に悪化するという悪循環が生じやすいと言えます。
さらに本人の対処能力を超えたストレスは、認知機能の悪化を促進するだけではなく、家族や周囲の人たちが最も対応に困る周辺症状を引き起こす要因ともなります。
過大なストレスを緩和・解消させる支援を継続することで、認知機能障害があっても、周辺症状をほとんど起こすことなく穏やかな暮らしが可能になると考えます。
一方、適度のストレスがない環境も廃用症候群により認知機能を悪化させてしまいます。
そのため、過度のストレスから認知症の人の脳を守ることに加えて、適度な心地よいストレスが感じられるような支援、より具体的には五感を心地よく適度に刺激する環境作りと認知症の人本人が「楽しい・うれしい」と感じ心から満足して頂けるようなアクティビティの提供を常に試行錯誤しながら行っています。
第3に、愛着の絆を最も重視した支援です。認知症は本人と最も大切な家族との関係性を徐々に破壊していく病気と言われています。
周囲との心理的関係性が破壊されると、家族にとって最も問題となる周辺症状が起こりやすくなると言われています。これに加えてショートステイ等の利用により関係性の一時的な分離や断絶が繰り返されると、場合によっては、大切な人の顔の識別する力や認知する能力に悪影響が及ぶことが報告されています。
この悪影響を最小限にするための方途として、必要に応じて当該施設での宿泊サービスを提供する支援を行っています。
近年、家族との愛着関係の維持によって、認知症の進行が抑制されることが明らかになってきました。
配偶者や家族からの一時的な分離や断絶による悪影響を最小限にする支援と合わせて、私たちは、当初から認知症高齢者の配偶者や家族に対する愛着に着目し、関係性が壊れ始めている場合には、それを修復し、関係性が壊れていない場合でも、今後も愛着の関係性が良好に保たれるような支援も行っています。
第4に、アウトリーチ的な支援です。よりよい認知症支援を実現するサービスも、そもそも認知症デイサービスに出向くことができなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。
しかし、現実は、自宅に引きこもり、通所介護サービスを頑なに拒否する人も少なくありません。
この場合、サービスを最も必要としている人たちが、サービスから除外されてしまうことになります。引きこもりの認知証症高齢者の場合、医療的な介入も難しいと言われています。
この場合、介護支援専門員といった他職種との連携を取りながら、引きこもりの認知症高齢者の下に出向き、利用を働きかけるといった、時間も手間も必要とされるシャルワークのアウトリーチ的な支援が必要不可欠となりますが、介護保険制度では、この様な支援は介護報酬の対象と認められていないため、サービスにアクセスできるよう出向いて認知症の人本人に働きかけサービスにつなげていくという時間と手間がかかる支援を無償で行うデイサービスは、ほほ皆無であるのが現状のようです。
私たちは、設立当初から、上記のようなアウトリーチ的な支援を行っており、サービスにつなげられない事例もありましたが、この方法で、大半の引きこもっていた認知症高齢者の方々をデイサービスにつなげることができました。
以上に述べた、私たちの認知症支援のゴールと、それを実現させる方法としての4つの支援が、花みずきの家における認知症支援の最も大きな特徴であると言えます。